中高一貫校生のための難関大受験塾
先週貸した定理を、塾生が返しに来ました
以下の記事は、主任講師の吉江が実際の授業を見学し、また授業動画を見直して、ふだんの授業の一場面を記録したものです。当塾の雰囲気をお伝えできれば幸いです。
以前、「証明できない公式は、使っちゃダメ」という記事を書きました。今回はその続きです。あの授業の次の週に、同じ塾生と私がやった、数学の相談学習の話です。
先に前回のことを書いておきます。正弦定理を証明する途中で、「中心角は円周角の2倍になる」という中学の定理が必要になりました。塾生はこの定理を何度も使ってきたのに、なぜ2倍になるのかを言えませんでした。理由を言えない公式は使わせない、というのがこの教室の決まりです。その日は、この定理を「今日は特別に借りる」という扱いにして先へ進みました。塾生は「ちゃんと考えるから、家で」と言って帰りました。
翌週、塾生は席に着くとすぐ報告を始めました。
「ついにですね、宿題を全部解き直したんですよ。あと、紙飛行機の話も家で考えましたよ。ああ、そういうことか、って」
紙飛行機と言われても、私は何の話かすぐには分かりませんでした。塾生がノートを開いて見せてくれて、やっと思い出しました。円周角と中心角を一つの図に描くと、先のとがった矢じりのような形ができます。塾生はあの図を紙飛行機と呼んでいたのです。ノートには、円の中心を通る線を1本足して二等辺三角形を2つ作り、角度が2倍になることを確かめた跡がありました。
「もう完璧じゃないですか」と塾生が言います。私が「誰かに聞いたんじゃないの」と言うと、「失礼だな(笑)」と返ってきました。貸した分はこれで返してもらいました。
この日の授業は先週の正弦定理に戻るところから始めました。覚えているか聞くと、塾生は式を言えました。三角形の辺 a を、向かいの角 A の sin で割る。辺 b と角 B、辺 c と角 C でやっても同じ値になり、その値は三角形の外接円の直径 2R に等しい。
言い終えた塾生に、私は聞きました。
「当然、そのあとに聞かれるのは?」
「来ましたね。『何で?』でしょう」
「それが言えないんだったら、使わないでよ」
「ですよね」
塾生は図を描いて考え始めました。頂点から垂線を引いてみて、消します。次に直径を引いてみて、「本当にこれでいいの。怪しいぞ」と自分で疑って、また消しました。証明は前の週に一度見ています。ただ、見たことがあるのと、自分の手で再現できるのとは別のことです。
塾生の手が止まったので、私は一つだけ聞きました。
「この証明のどこかで、あの紙飛行機が出てきたでしょう。どういう図を描くと、あれが出てきますか」
塾生は三角形の外側に円を描き、円の中心から頂点 B と C へ線を引きました。紙飛行機の形です。頂点 A の角に対して、中心にできる角は 2A。先週は借りものだった 2A を、今週は自分で説明できます。
中心と B、C を結んだ三角形は、2辺がどちらも円の半径なので二等辺三角形です。「二等辺三角形に、意味のありそうな線を1本引くとしたら?」と私が聞くと、塾生は少し考えて「真ん中?」と言い、中心から辺 BC の真ん中へ線を引きました。これで同じ形の直角三角形が2つできます。片方を見ると、中心の角は 2A の半分なので A、斜辺は半径 R です。この中心の角の向かいにある辺は、辺 a の半分です。
ここから先は、塾生が一人で進めました。sin A は、R 分の「2分の a」。両辺に 2 を掛けて、R を掛けて、sin A で割る。ノートの最後の行に、sin A 分の a = 2R が出てきました。この図は角 A が90度より小さい場合のものです。90度以上の場合は図が少し変わりますが、同じ式にたどり着きます。
「ああ、天才じゃん」
塾生は自分に向かってそう言ってから、私に聞きました。「これ、b でも c でも、同じことが全部できるってことですか」。そのとおりです。どの辺から始めても同じ 2R に着くので、3つの値は等しくなります。
私は言いました。「じゃあもう、正弦定理は使っていいですよ。証明できたから」
教科書では、正弦定理は1行の式で、覚えるだけならすぐ済みます。この塾生はその1行を自分の手で出せるようになるまでに、先週と今週の2回を使いました。
私は続けて、この定理の使い道を話しました。これまでの図形の問題は、うまい補助線を1本思いつけるかどうかで決まるものが多かったはずです。正弦定理を使うと、その補助線がいらなくなります。「思いつく天才がいらなくなっちゃう。天才殺しなんですよ」と私が言うと、塾生は「私が殺されるってこと?」と返して、「ジョークですよ」と自分で付け足しました。
授業の後半、演習の合間に塾生がこぼしました。
「こういう図形の問題、好きだったのにな。中学受験のときは力ずくで解けて、それが気持ちよかったんですよ。最近は全然分からなくなっちゃって」
私はそれには答えず、次の問題を出しました。sin A、sin B、sin C の比が 5:8:7 になっている三角形で、角 C を求める問題です。辺の長さは一つも書いてありません。塾生は「これで角度が出るんですか。今日習ったやつで? 本当に?」と疑っていました。
正弦定理を使うと、sin の比はそのまま辺の比に読み替えられます。3辺の比が 5:8:7 と分かれば、角度は余弦定理で計算できます。余弦定理もこの日の授業で証明を済ませてから使い始めた定理です。塾生が計算を進めると、分からないままだった辺の長さは途中で約分されて消え、cos C は 2分の1 になりました。
「60度」
答えたあとで、塾生は「あ、びっくりした」と言いました。補助線は1本も引いていません。
その次の証明問題を片づけたところで、この日の時間が来ました。教材をしまいながら、塾生が言いました。
「三角比、好きかも」