中高一貫校生のための難関大受験塾
「2000円たち」とは言わない——中1の質問に、先生とAI三つが順番に困った夜
先日の中1英語の授業でのことです。問題集から出たひとつの質問が先生の説明をその場で崩し、AI三つを巻き込む検証にまで発展したので、そのまま紹介します。
発端は、問題集の答え合わせでした。「彼は2000円必要です」を英語にする問題で、正解は He needs 2,000 yen。2000 は英語で two thousand(トゥー・サウザンド)と読みます。ところが塾生は、thousand の後ろに s を付けて、thousands と書いていました。
なぜ s を付けたのか。ここには中1らしい、筋の通った理屈があります。英語では、ものが2つ以上あるとき、名詞の後ろに s を付けるのが基本ルールです。ペンが1本なら a pen、2本なら two pens。このルールに従えば、thousand(1000)が2つ分なのだから two thousands になるはず——彼はそう考えたのです。

(写真はこの日の授業のホワイトボードから)
「文法的に考えたら、そうかなと思って」
「いい質問ですね」と先生。「日本語で考えてみましょう。『2000円たち』とは言わないでしょう。hundred(100)や thousand(1000)は単位なんです。単位には s を付けない。100cm も同じです」
一件落着——かと思いきや、塾生がすかさず切り返します。
「え、100cm って、英語で言うときは?」
「100 centimeters……」
言った先生の顔が曇ります。センチメートルも単位なのに、英語では s が付くのです。「ま、そこはちょっと、大人の事情でごまかしておきましょう」
「じゃあ、4分とかも……」
「あ、確かに。確かにそうだな。3 minutes って言うわ。ちょっと待って、じゃあ改めよう」
分(minute)も単位ですが、英語では2分以上なら minutes と s が付きます。「単位に s を付けない」という説明は、言い出した本人の手で、その場で撤回されました。ただ、先生はすぐには調べません。
「チャッピーにまだ頼りたくない。あれは最終手段です。……その前に、答えを予想しておきます。多分『昔からそう決まっているんです』みたいなことを言うと思う。つまり、あまりいいことは言わないと思う」
チャッピーとは、ChatGPT(チャットGPT)という対話型AIのことです。予想を立てたうえで、先生は音声入力で質問を吹き込みました。注文は二本立てです。
「英語を勉強している中学1年生から質問がありました。2000 は 2 thousand であって、2 thousands ではありません。それはなぜですか。正しい答えと、正しくはないが覚えやすく面白い考え方、この2つを教えてください」
送り先は ChatGPT・Gemini(ジェミニ)・Claude(クロード)の三つ。いずれも各社を代表するAIで、先生いわく「三種の神器」です。どれが早いのかと聞く塾生に、「Gemini は結構早い気がする。Claude は遅いです」と先生。
最初に返ってきたのは Gemini でした。答えは「2 thousand は形容詞なので s を付けません」。s が付くのは名詞のルールだから、thousand が名詞でなく形容詞(名詞を飾る言葉)なら s は付かない、という理屈です。
「これはすぐ論破されそうだね。『thousand を名詞で使うこともあるじゃないですか』って言われちゃう」
次に届いた ChatGPT の答えは「単位を表す数字なので s を付けません」。先生の最初の説明と同じ、つまりすでに崩れた説明です。
「理由になってないな」
ただし、もうひとつの注文だった「面白い覚え方」のほうで、ChatGPT は一矢報います。いわく——電卓に「×1000」というボタンがあると思いましょう。thousand は「1000というモノ」の名前ではなく、「1000倍してね」という指示なのです。だからモノを数えるときの s は付かない、と。
「え、でも結構すごい。言ってること」と塾生。先生の判定は「ちょっと興味深いけど、中1には分かりづらいかな。ダメだこれ」。
最後に届いた Claude も、やはり「単位として働いているからです」。三つ目の同じ答えに、先生はついに反撃に出ます。
「ちょっと、やめてくださいよ。『じゃあ minutes はどうなんですか』って言いたくなるでしょう。……いや、突っ込んでみるか。——単位なのに、minutes(分)や hours(時間)みたいに s が付くやつもあるよ。ルールが2つあるってこと? ダブルスタンダードだ」
このツッコミに対して ChatGPT は、「3 minutes の指摘、すごく鋭いですね」と持ち上げたうえで、「単位には2種類あるんです」と返してきました。
「それも理由になってないですね。……ただ、時と場合でルールが違うのは、言葉にはよくあること。そこが言葉の学習の難しいところで、つまり、それだけいい質問だったということだと思う」
一方の Claude は考え込んで、なかなか返ってきません。しばらくして出てきた答えを、先生が読み上げました。かみ砕くと、こういうことです。——同じ「単位」と呼ばれていても、「分」は時間の量そのものを指す具体的な名詞なので、1分、2分と数えられる。だから s が付く。一方の「1000」は、量そのものではなく「桁がここまで上がりますよ」という位取りの目盛りにすぎないので、モノのようには数えない。だから s が付かない。
「一応これ、正しいんじゃない?」
「あ、確かに」
「お、確かに。確かに」
この日の決着は、この「一応正しい」答えに塾生が「確かに」と言ったところまで。完璧な説明は、AI三つがかりでも出てきませんでした。thousand の s ひとつに、先生とAIがここまで付き合う——こんな質問の時間が、この教室には流れています。