中高一貫校生のための難関大受験塾

「受かった時、なりたくなくなってたらどうする?」

先日、高3生ばかり数人の英語の授業を、後ろの席で見学しました。誤りのある英文を直す演習を、一問ずつ全員に当てながら進めていく回です。

ホワイトボードの前に立つ先生。板書は英文添削の演習で「to do what he thinks is right」などの英文が並ぶ

(写真はこの日の授業から)

その演習の合間に、一人の塾生がふいに口を開きました。「ねえねえ、看護師になりたいんだけど」。先生の返事は「ほら、言っただろ、こうなるって」。どうやら言い出したのは、つい最近のことのようです。

きっかけを聞かれた彼女の答えがふるっていました。「ワールドカップ見てて、どうやったら代表と結婚できるかなと思って」。代表チームに帯同する看護師になって、怪我をした選手には自分がテーピングをするのだそうです。まわりの塾生に「それは医者の仕事」と直されても、話は止まりません。先生は「面白いね、それ、本当に」と受けつつ、文系からでも行けるのかという質問には「数学と小論文と英語で受けられるんだと」と、具体的な科目を挙げて答えていました。冗談めかした話でも、進路の質問にはきちんと情報で返す——そのバランスが印象に残ります。

ところが、しばらくして演習の途中で彼女がまた声を上げます。今度は、まったく別の大学の名前でした。

「また? この数時間でこんな変わる?」と先生。別の塾生が「3回ぐらい変わってんの」と横から補足します。先生は彼女の志望の変遷を順にそらんじてみせました。外国語系の大学に始まり、経済の学部になり、その次もまた違う——。「給料3倍ぐらい違う」という計算まで本人の口から飛び出して、教室に笑いが起きました。正直に言えば、後ろで見ていた私も笑っていました。

空気が変わったのは、授業の終盤です。単語テストの彼女の出来はよくありませんでした。先生から、このままなら推薦入試のほうがいいのではないか、という話になります。

「わかんない。どうしよう、マジでどうしよう」

「中途半端だったら、推薦にしなって話」

「そっちまで行こうかな。……いや、わかんないな、でも」

その直後でした。彼女が居ずまいを正すように、こう切り出したのです。

「ちょっと先生、真剣に考えてね、私の話を今から。仮に、これやって、受かったとするじゃん。今めっちゃ看護師になりたいって思ってるだけで、受かった時は全然看護師になりたくなくて、ってなったらどうする?」

「まあ、そうだろうな」

「ってなったらどうする?」

「どうする? 知らねえよ、本当に。それ、知らねえとしか言いようがねえじゃん。俺だって、どうしようもねえよ、そんなの」

先生は「受かる頃にはもっとなりたくなってるよ」とは言いませんでした。気休めの保証を口にしない代わりに挙げたのは、ひとつの大学の名前です。入試がほかとは違う独特の形式で、気持ちが変わっても選択の幅が残る——彼女には前から勧めていた行き先のようでした。

「そこ、滑り止めに行ける?」

「行けないでしょ。第一志望で行くとこでしょ」

「俺はおすすめする」と先生は言い切ります。それでも彼女の返事は、「でもなんか、どこを目指せばいいのかわかんなくなってきた」。

この日、決まったものは何もありません。授業は何事もなかったかのように、英文の読解へ戻っていきました。

「なりたい」が入試の日まで続いている保証は、先生にも本人にもありません。この日の先生の答えは、その保証のなさをごまかさないことと、気持ちが変わっても無駄にならない行き先をひとつ具体的に示すことの、二つで一組でした。お子さんの志望がまた変わったと聞いた日に、思い出したいやりとりです。

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